なっちがそこに

以下、安倍なつみカジュアルディナーショー、セットリスト等のネタバレを含みます(最終公演のレポですが、追加公演があるので念のため)。





僕はどうも、なっちのディナーショーで脳の神経の一部がやられてしまったのではないかというほどに「時系列に添って思い出す」ことができません。色々なファンサイト・ブログ等に、参加された方の詳細なレポが載っていますが、これらを参考にさせていただいて、セットリスト通りにCD音源を流して、記憶を整列させようと試みているのですが、どうにも上手くいきません。やはり、生演奏とCDでは何かが違うのだなと改めて実感している次第です。ともかく、他の方のレポを参考に、なるべく時系列に添って書いていこうと思います。ちょっとMCまでは触れる余裕が無いかもしれませんが…。


まずバンドの方々が位置につきます。ギターの方がチューニングをしている様子を細かく観察できるほどの近さです。しかもステージとは名ばかりで、ほとんど地面は我々と同じ高さ。キーボード・ギター・パーカッション。そして、ヴォーカルの立ち位置だけに誰もいません。ああ、ここにこれからなっちが登場するのだ、と思うと、何とも言えぬ緊張が僕の中を走りました。それは緊張というより、戦慄に近いものであった気がします。僕は混乱しているといっていい状態でした。だって、今から、目と鼻の先の「そこ」、マイクを通さぬ息遣いさえ聞こえそうな「そこ」で、なっちが歌うのです。


お恥ずかしいことに、なっちの登場の瞬間を僕はきちんと覚えていません。本当に、文字通り、気がつくとなっちがそこにいました。なっちは何か挨拶をしていたと思います。僕は拍手をしたと思います。でもなっちが「そこ」にいるのです。感動・驚嘆、そんな感情以前に、僕は依然として混乱していました。馬鹿みたいですが、「どうしてなっちがそこにいるのだ?」「どうして俺がここにいるのだ?」と。


01.22歳の私
程なく流れたイントロは、バンドのアレンジでもすぐにそれとわかる『22歳の私』。これを聴いた瞬間、走馬灯のように走る想いがあります。待ち侘びたソロデビュー曲。よみうりランドのイベント。なっちの輝きと真っ白な光が涙で滲んで何も見えなかった、娘。の卒業コンサート。常に進化しているなっちの歌声、だけど常に変わらない温かさ。歌うことへの想い。それを僕は、もちろん今回もなっちの歌声に感じました。ああ、近くても遠くても、いつものなっちだ、そのように感じたのではなかったかと思います。なっちはただ一曲の歌いだしで、僕を取り巻いていた混乱をいつものコンサートで感じる温かな空気に変えてくれました。それも、今度はとびきり親密なものに。


02.Good Morning
パーカッションの方のカウント(…バンド人間としては感慨深い…)から賑やかに始まったのは『Good Morning』。『ファーストタイム』『セカンドモーニング』の頃の曲は、その曲調・歌詞に関係なく、僕の中で何かしら宿命的な切なさと結びついています。僕の「あの頃」、その僕が見ていたなっちの「あの頃」。立場は違えど、僕も、きっとなっちも、あまりにも不安定な10代の感情をもがいていた時期です。そして「今のなっち」が力強く歌うこの曲は、決して過去を回顧するものではなくて、過去の積み重ねの上に今があるのだ、と「今の僕」に思わせてくれるものでした。……このあたりの感想は、後半の『愛の種』につながってきますが……。


03.トウモロコシと空と風
この曲では、なっちが通路を歩きながら歌ってくれました。一人一人の目をしっかり覗き込みながら。一瞬でしたが、確かになっちは歌いながら僕の目を見てくれました。以前、確か写真集の感想でも書きましたが、「目を合わせる」というのは本当に不思議なことです。当然のことですが、僕が相手の目を見ていて、同時に相手も僕の目を見ていなくては成り立たないのですから。例えば鏡で自分の目を見るとき、鏡の中の僕は必ず僕の目を見ています。当然と言えばもちろん当然ですが、しかしこれって、とても不思議なことだと思うのです。
ともかく、なっちが僕の目を見てくれた時、僕もなっちの目を見ていました。そして、なっちの目から感じたこと……それは、「ずっとこうして、あなたの目を見て歌いたかったんです」ということです。ええ、笑ってください、笑ってください(笑)。
でも、これは別に僕だけに限ったことではなくて(当たり前だ)、全ての人にそんな視線を傾けて、なっちは歌っていたのだと思います。


ただ今になって思うことというのは、なっちは一瞬にして忘れてしまったことでしょうけれど、なっちはあの瞬間、僕の目に何を感じてくれただろうかということです。少なくとも僕は「ずっとこうして、あなたの目を見てあなたの歌を聴きたかったんです」と思っていました。ええ、笑ってくださいってば!(笑)


04.夢ならば、05.晴れ 雨 のち スキ
実は『晴れ 雨 のち スキ』を含めたこの2曲のあたり、僕は完全に陶酔しきっていてまるで何も覚えていないのです。こんなことは今までに一度もありませんでした。どんなに感情が込み上げてもどこかで理性を保って聴いていて、後で感想を書こうと思えば、いつも何かしら適当な言葉が情景とともに浮かんできたのです。
『夢ならば』に関して、僕は今まで生で聴くたびに、どこかしらそれ以前に聴いた際の印象と比較しながら聴いていました。この難しい曲をなっちがどんどん自分の曲にしていき、新たな表現を聴かせてくれるのがとても嬉しかったからです。しかし、今回はそういう気持ちにならなかった…ということは少なくとも覚えています。それにはバンドという形態での異なったアレンジだったからという理由もあるでしょう。しかしそれ以上に、今回は「曲ごとの表現」というよりは「ショー全てが一つの表現」という印象だったためだと思います。曲と曲との境目はあるけれど、常に一貫した空気が流れていたのです。もちろん、全編を通じた素敵な演奏がそれを可能にしてくれたのだと思いますけれどね。


この2曲の間に軽いバンドのメンバーの紹介があったと思います。このことは漠然と覚えています。なっちとバンドの方がステージ上でからむのは、確かショー開始以来初でした(もちろん、最初からずっと音楽でコラボレートしているのですけど)。これはバンドという関係、その音と音で感じ合う素晴らしい関係を愛してやまない僕にとっては、なっちが「一ミュージシャン」として他のミュージシャンの方と話しているというのが何かとても嬉しいことでした。「歌手・安倍なつみ」というより「Vo.安倍なつみ」を感じることができたのです。「Vo.安倍なつみ」の横で「G.青山通り」になりたいなどという願望(妄想)を抱く僕は、密かにギタリストの方に嫉妬していたりしたのですが(笑)。


06.桃色吐息
高橋真梨子さんのカヴァー。恐らく、素の状態でただ歌詞を朗読しろと言われたら、なっちはきっと赤面してしまうであろうほど「オトナな曲」です。でもメロディーに乗せて歌うなっちは凛としていました。
なっちはいつも、曲に合わせてありもしない虚像を作り出すのではなく、自分の中から曲と波長の合う要素を取り出してきて、それを見せてくれていると感じます。この曲に関してもいつも通りで、なっちは自分の中の女性としての艶、悲哀といったものを一つにして最大限の表現をしていました。もちろん、たとえば10年後のなっちが歌えばそれらはさらに進化したものになるでしょう。しかし、無理に背伸びをするのではなく、今のままのなっちが最大限の自然な表現をしたからこそ生まれる儚さのようなものを感じました。「なっちが歌うからこそ現れる曲の良さ」が出ていて、僕が本来あるべきと思っている「カヴァー」になっていた(これが出来ていない「カヴァー」が巷には多いと感じるのです)ことが本当に嬉しかったです。しかも、なっちからすれば偉大な大先輩である高橋真梨子さんの名曲で。今後も、数年後でも構わないから、またなっちの歌うこの曲を聴きたいですね。


07.…ひとりぼっち…
まだ偉そうな文体で書いていた頃の記事、id:natsumi-crazy:20041108などで何度か触れていますが、この曲で目を閉じて歌うなっちを間近で見て、またその歌を聴いたのは、圧倒的な体験でした。以前にも書きましたが、いつもなっちはこの曲を歌うときには「内へ向けて」、どんどん自分の心の底へ降りていくように感じるのです。そして、何も包み隠さない心の内を歌に乗せて見せてくれます。今回改めて、なにか「凄まじい歌だ」と感じました。タイトル通り、痛々しいほどに孤独な曲です。そして、いつもリアルな自分で表現する安倍なつみという、ある意味では孤独でタフで、そして儚い歌い手を、とてもよく表しているとも感じました。僕はただ固唾を呑んでなっちを見つめ、その歌声に耳を傾けていました。


08.だって 生きてかなくちゃ
「少し切ない曲が続きましたが…」というMCの後、圧倒されたのがこの曲。ギターによって奏でられるイントロを聴いても、何の曲かがすぐにはわからなかったのを覚えています。「ああ、あの曲だ」を思わせる暇もなく疾走するメロディ。バンドのメンバーの確かな演奏、人の呼吸と人肌のリズム。それに調和して揺らがず、激しく歌うなっち。なっちのみにでなく、あの音を作り出していた4人に叩きのめされました。僕は大好きなバンドのライブに行って、よく「ロックンロール=○○、なんていう答えは無いけれど、でも例えばこれは確かにロックンロールなんだ」と感じて嬉しくなることがあります。それは曲調がどうだとかいう問題ではないのです。なっちは、ステージの4人は、この曲でそれを感じさせてくれました。


なっち、あなたはこれからも、生のバンドで歌うべきです。こんなにもあなたは素晴らしい。


09.愛の種、10.空 LIFE GOES ON
『Good Morning』の感想と重なってきますが、あの頃の曲を今のなっちが歌うということ。そして、続いて最新の曲を歌うということ。それは過去への回顧や過去と現在の間の乖離ではなくて、過去があるからこそ今があるということを感じさせてくれました。空がどこまでも続くように、時間はどこまでも途切れず続いているのだということ。なっちの歌声が流れるように、時が流れていくということ。あの頃の空へ飛び立った『愛の種』はなっちの中で時を超えて、空を越えて、たとえば今、僕の前に素敵な『恋の花』を咲かせようとしてくれています。
そんなことを思いながら、これまでのなっちのことを漠然と思い出しました。数え切れない試練。数え切れない喜び。そしてそれらの続きに安倍なつみという人はしっかりと立っていて、今こうして僕の前で歌っているのだ、そう思うと、涙が溢れてきました。この上も無く真剣に情感を込めて歌うなっちの表情は、この上も無く美しかったのです。もしかすると僕は、初めてそのことに気付いたのかもしれません。


11.ふるさと
お馴染みの「楽しい時間は…」のMC、最後の曲という前置きの後で歌われたのはやはりこの曲。もう6年も前の曲なのに、この曲は、この曲を歌うなっちの歌声は、いつもその時の「今までのなっちの全て」を表してくれるように感じます。様々な思い出がこの曲に刻印されているからでしょうか。今までのなっちの道のり全てが、なっちにとっての大切な「ふるさと」なのかもしれないと思いました。そして時にふるさとを想って勇気を奮い立たせ、また見知らぬ場所へと旅を続けていくなっち。あなたのように生きていきたい、そう思いました。


こうして夢のようなひとときが終了。間髪入れずに握手会とポラロイドの撮影です。しかし僕には(他の多くの人と同様に)気持ちを落ち着かせる必要がありました。ゆっくりと深呼吸をして、アンケートにペンを走らせます。この辺りの細かなことは、また今度。