246を突っ走る その1

natsumi-crazy2006-06-26



なっちはウソツキだよ」となっちが言ったらどうしよう。


ということをふと思う。というより、既に僕は何度もこのような自己矛盾をなっちの歌から感じ、そしてその中に巻き込まれているのだ。彼女は天使などではないし、人間すぎるほどの人間なのだ、などということは今更あえて文章にすべきことでもないと思うが、笑顔と温かさに満ち溢れたコンサートの中ですら、僕はたまにそれと表裏一体の関係にある、心を掻き毟るような苦悩を感じる。


なっちの歌は、僕ら自身に対するのと同時に、なっち自身にも向けられているのだ。


たとえば「復帰」レビューで歌われた『ウソつきあんた』。これになっちの底知れぬ想いを感じたというような指摘を知り合いの方がされていて、大きく頷かされたことを思い出す。「背伸びしてたことは 認めてあげるけど あんただってそんなところでしょう」。決して優しいだけではないのだ。


安倍なつみという歌手はある面では実はとても厳しい、自分にも受け手にも厳しい表現者で、たとえばライブなどでも、黙っていればヤスリで磨かれ綺麗に包装されてリボンをつけられたような清潔な表現を差し出してくれる、というわけではない。時にギザギザの断面を彼女は突きつけてくるし、僕は僕の心をその形に合わせてがっちりと受け止めなければならない。受け止めようとしなければ僕の背後にそれが通過していくだけで、たとえばライブという場は無邪気にお祭り騒ぎをしているだけでいいのだということにもなろうが、僕はそういうわけにはいかない。受け止めなくてはならない。


そのためには僕自身の心を研ぎ澄ませ、彼女の投げつけてくるそれとピッタリの形にしなければならない。失敗すれば僕自身の心に彼女の表現が突き刺さり、血が流れさえするだろう。何度もそんな経験をした。そして、逆もまたありえる。観客席にいるだけの僕自身が彼女の表現を傷つけることだって、きっとありえるのだ。


笑顔で、無邪気に、だけどそんな凶器=狂気のような愛をを時に投げてくる、そんな命がけのギャンブルをする――ギャンブルだなどと思っていないだろうけど――彼女を、イカレてるんじゃないかと思うことがある。というか、イカレているのだ。そしてひどいことに、僕はそんな彼女にイカレているのだ。彼女に賭けるしかないのだ。


心がチップ、そしてなっちに全てbetだ。狂ってしまうまであなたのギャンブルに付き合いたい。馬鹿みたいだけど、本気でそう思うことがある。ライブの後にではなく、ライブの途中で。人生の途中で。